女性仏教文化史研究

尼門跡寺院について

尼門跡寺院とは 
               
尼門跡寺院とは、皇族・公家など高貴な女性の入寺によって営まれてきた独特な品格を持つ寺院です。
高貴な身分の女性が得度後に住持になった寺は、「比丘尼御所」と呼ばれるのが通例でしたが、1941年
以降、「尼門跡」ないし「門跡尼寺」という名称が広く使われるようになりました。「門跡」というのは、宇田天皇(867-931,在位 887-897)が出家し京都の仁和寺に住むようになって以来、住持が皇族である寺院に対して使われるようになった呼称です。
「尼門跡」も、その住持が、歴史的にほぼずっと、皇族、貴族、将軍家の出身者であるという点で、通常の尼寺とは一線を画しています。(皇族、貴族、将軍家の階層の境界は、相互の婚姻や養子縁組等のためにはっきりしていません。)
尼門跡は、修行や仏教儀式を勤めるだけでなく、文学や、芸術の庇護および制作に自ら携わる場でもありました。尼門跡は、住居が一部は御所内から移築されたものであることを見ても分かるように、調度や道具類、室内の装飾は洗練され、住持たる女性たちは、王朝風な生活に付随するこうした高貴な文化を享受しました。尼門跡は、その設えにおいても文化においても、現世的なるものと仏教的なるものとの調和の取れた融合にその特色があると言ってよいかもしれません。
これらのお寺は皇室とのゆかりによる御所文化が育まれ、独特な宗教儀礼や信仰生活が形成されましたが、明治維新以降、神仏分離令により、皇女の出家が禁止されたことから、数世紀にわたる宗教的、文化的歴史を伝える寺院の数は減っていきましたが、今でも日本の古都、京都・奈良に尼門跡寺院は残っています。

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