「伝統的染織品保存プロジェクト」の創設

 歴史的な価値を有する建築、絵画、彫刻を保存することの重要性は多くの人々の注目を集め、そうした文化財保存のための資金提供も様々な方面から行われてきました。それにたいして傷みやすい歴史的に貴重な染織品には、それらに劣らぬ重要性を持つにもかかわらず、それほど関心が寄せられず、保存のための資金供与も微々たるものに留まっています。「伝統的染織品保存プロジェクト」はこうした不備を補い、日本の歴史的な染織品の保存活動を支えることを目的としています。

日本の伝統的染織品の重要性

 染織品は、衣類や室内装飾という機能的な形で生活に密着して用いられますので、私たちの文化的、個人的なアイデンティティに近しい存在となります。日本の染織品の色、デザイン、風合いは、その生き生きとした色合い、絵画的構成、独創的技術において芸術の域に達しているものといえます。さらに日本の染織品は、過去において、高級な贈答、納税、宗教的施設や世俗の施設に対する寄進という形で、社会的な役割も担ってきました。しかし染織品は、陶磁器や金工品に比べてはもちろんのこと、漆器に比べてさえも、経年劣化をずっと受けやすく、最後には原形を留めなくなってしまいます。その結果、世界的に見ても、現存している古代の染織品のほとんどは、墓や埋葬地から出土したものであり、また中世以降、残存している稀少な染織品は、宗教施設や裕福な家系において大切に伝世されてきたものとなっています。

仏教寺院の役割

 日本は、染織品を注意深く扱い保存してきたきわめて優れた歴史を有しています。その中心的役割を果たしてきたのは仏教寺院でした。国産であれ中国産であれ、法衣や寺院装飾に用いられた染織品には特別な重要性と配慮が与えられていたために、染織品の歴史を代表するような優れたものが保存されてきました。最も古いものでは7世紀にまで遡るものもあります。古代から日本には傑出した人物の遺した衣服を崇める習俗があり、それが禅宗の、師から弟子に嗣法のしるしとして自らの袈裟を与える慣行と融合し、中国から持ち帰られた伝法衣が日本の寺院に聖遺物としてひっそりと保存されてきたという例がしばしば見られます。また、故人が肌身に付けていた衣類にはその人の魂が乗り移っているという考えから、在家信者が故人の染織品を供養として寺院に寄進するという風習がありました。それらと他の形で寄進された染織品が縫い合わされ、幡や打敷といった、仏の荘厳世界を現出させるための布類が作製されました。このようにして、日本の仏教寺院は、規模の大小を問わず、幅広く宗教的・世俗的な多様な歴史的染織品の貯蔵庫の役割を果たすことになりました。

 多くの寺院では、古い染織品は箱に入れられたり紙や布で包まれて保存され、特別な機会にのみ取り出されて展示されます。特に神聖なものとなると、箱の中に何世紀も入れられたままということもあり、そういう場合は、点検のために箱を開けてみると染織品が糸屑同然になっていたり、切れ切れの断片になっていたり、すっかり綻んでいたりすることが稀ではありません。こうしたものが救出されて保存処置が講じられれば、ある歴史的人物の生活や、ある時代のデザイン様式、および織物技術を知る手掛かりが得られる可能性があるのです。

伝統的染織品保存プロジェクトの今後

 ここ何十年かの間、日本の僧院や尼寺の協力を得ながら研究を行って参りましたが、その中で実に多くの染織品が、緊急の保存処置を必要とする状況にあることが痛感されました。どの染織品から優先的に対処していくかは難しい問題ですが、由緒ある出自がはっきりしているもの、歴史的、宗教的な特別の意義のあるもの、芸術的、技術的価値の大きなものがまず優先されるべきであると考えられます。

 言うまでもなく,芸能装束や歴史の長い小袖類などの貴重な染織品の保存もとても大事なことで、将来そういうものも調査・修復・保存する必要があるにちがいありません。

ご協力のお願い

 日本の染織品についての専門的知識をお持ちの方々のご協力、また歴史的染織品の保存に関心お持ちの方々からの資金援助が得られれば大変有り難く存じますので、是非この先駆的な事業にお力添えを賜りますようお願い申し上げます。

詳細についてのお問い合わせは、中世日本研究所・伝統的染織品保存プロジェクトの

モニカ・ベーテ、または桂美千代までお願いいたします。

 

中世日本研究所

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